2008年8月14日
GSV をめぐる騒動を観察して思うこと。
週末から樋口さんのブログが騒がしくなってます。
Google Map の新サービスのストリートビュー(GSV)に 「そんな自宅の前の住民しか通らない道まで画像で公開するのはちょっとイヤなのでやめてくれません」的な発言が、 英訳されて海の向こうへ飛んで、帰ってきて、はてな経由で盛り上がったようです。
個人的には”生活道路”までサービス範囲に含めるのは、その"生活道路"を GSV サービスとして利用して利益を得る人々のメリットの総体より、 "生活道路"に住む人々が感じる不利益を大幅に上回っているとは言えないと思うのです。新しいサービスを始めるにあたり、 心理的に不利益をこうむっている(不快に思う)と感じる人が納得するほど、Google は"生活道路"までGSV サービスに含めることについての利益を訴求できていない。そういう意味では結論においては樋口さんに100%同意なのです。
だって樋口さんがお願いしたいと言った事は
『日本の都市部の生活道路をストリートビューから外してもらえませんか』
ですよ。全部やめろとかサービスを停止しろとかではないでしょう。それについてどう思うかではなく、 そう考える人がいるサービスについてどう思うかが判断基準の一つに含まれていて欲しいと思います。マジで。
なので結論を飛ばして真ん中の議論している人が多すぎ。そこに意味と価値の優先順位は低いはずと考えるのですが、 世の中の反応はそうではないようですね。
自宅マンション玄関口なんかは住民か配達の人しか通らない道なのに、今後ここを GSV のサービスとして利用する人が享受するメリットはかなり少ないと予想できますしね。 個人的には自宅のマンションの玄関がさらされていても大して気にしてはいませんけど、見たければどーぞ見ていってください、 ゴミ箱くらいしかないですが。
コメントを読んでいて、うーん、と唸るのは総じて樋口コメントに理解を示さない人の中に多様な価値観(と纏めてしまいますが) に対する想像力か受容力のどちらかが欠如していると思えてしまう人がいることですかね。 一般社会も自分の通貨でしか話ができない人がいますが、より鮮明な感じがしますね。イタイです。 心のフレームワークが信念と事実認識を決定するという好例。そういう意味では勉強になりましたは。
樋口さんがどこまでを狙ってやったのかはわからないですが、はやく騒動が治まっていつもの higuchi.com が読みたいです。 僕にとってあそこは「また、樋口さんってば、面白いな、クスッ」的な場所なので。
投稿者 sirosi : 00:08 | コメント (0) | トラックバック (0)
